環境経済学研究会 97・12・3

「厚生経済学と環境政策」 第3章 補償原理の倫理と論理

 

3・1 「補償原理の失敗」とは何か

補償原理とは…

「パレート改善」に対して、ある人に損失をもたらすような経済学的変化に対しても、変化によって利益を得た人がその損失を補償してもなお利益が手元に残るような変化を「潜在的パレート改善」とし、望ましいとする原理を言う。

これに対しては様々な角度から批判が提出されている。

倫理的側面より…

1.補償は現実に実施されることを要求されず、倫理的基礎が弱いこと。

2.意図とは反対に、前提となる状態の分配の価値判断を免れないこと。

論理的側面より…

1.各種のパラドックスの問題が存在すること。

2.「補償変分の社会的な合計ΣCSが正⇔カルドア・ヒックス基準を満たすこと」と考

えられてきたがこれが必要条件でも十分条件でもないこと(ボードウェイ・パラドック

ス)が指摘されたこと。

この章ではミシャンの倫理に基礎を置く「倫理的厚生経済学」がこれらの欠陥をどうやって克服し得るかを検討する。

3・2 補償原理の倫理的基礎

1.補償は現実に実施されることを要求されず、倫理的基礎が弱いこと。

2.意図とは反対に、前提となる状態の分配の価値判断を免れないこと。

2.についてパレート基準を満たす変化を遂行すべきかどうかは、「福祉基準」としてのパレート基準を採用することに関して、社会の倫理的合意が存在しているかどうかにかかっている。このような倫理的合意は一種の価値判断であることは認める。しかし厚生経済学者自身が個人的にではなく経験的観察にもとづいて倫理的合意の存在を判断することにより、現状の分配をよしとする価値判断を必然的に含んでいることはならなくなる。この場合、行われる経済的変化は推進されるべきだという社会的合意が存在するという事実判断を前提としていることとなる。その限りにおいて、厚生経済学の命題が規範的な意味ないしは提言的な意味を持つといえる。

パレート基準を満たすことが誰かの現状を悪化させたり、分配を悪化させたりする場合、上記のような考えから、変化が起こるべきではないという社会的合意が存在するかもしれない。このような時、厚生経済学は社会に対して何らかの処方箋を示す力を失う。このことにより1.についての批判を克服することができる。

このように分配の観点からパレート基準の使用が差し止められるような場合、厚生経済学は沈黙するしかない。しかし、分配の改善という新たな基準を採用するならば分配基準に基づいて規範的な明言をすることが可能になる。これら二つの基準が対立した場合判断の材料として提出するにとどまらざるを得ない場合が出てくるが、そうでない場合はどちらかの基準に基づいて社会に対して処方箋を明示することができる。 分配の観点からパレート基準の使用に対しての制限を緩和する要因がいくつかある。1.便益も費用も薄く広く、分配への影響がわずかであること。

2.一部特定に人に費用がかかる場合、現実に補償が行われうること。

3.逆に一部特定に人が便益をうる場合、受益者負担として便益の一部をはきださ

せることができること。

4.変化に直接関わらない形で、補償、分配の緩和がなされなくとも政策全体の中で分配の改善がなされること。

5.パレート基準を満たす変化の分配の方向がバラバラであれば繰り返し適用することによって分配の変化は互いに打ち消し合うこと。

その他、自由交換取り引きが社会的に容認されていること、費用便益分析が政策決定の指針となってきた歴史的現実などが、パレート基準認可の証拠となり得る。

ただし、倫理学厚生経済学の立場は、社会の倫理的合意は、福祉基準としてのパレート基準および、分配基準の使用を単に承認するという役割を負っているだけであり、両者を総合した社会福祉の指標を作るという立場ではない。社会的福祉をあらわす数量的指標を社会の倫理的合意の上で作ることは計算上できない。

3・3 部分分析の論理

この節では、補償原理への論理的側面よりの批判に答える前に必要な費用便益分析の議論をまとめる。

 

図1 好ましい変化の場合 図2 好ましくない変化の場合

(CS;補償変分 ES;等価変分 WTP;支払意志額 WTA;受入補償額)

 

図3 部分分析におけるCS 図4 部分分析におけるES

補償変分についても等価変分についても一般均衡論の中で数量または価格について同時変化について定義可能であるが、一般には他の価格は一定と仮定される。つまり費用便益分析におけるCS測定は部分分析の仮定に立っている。

ここでCSとESは一般には等しくない。正の所得効果がある場合、価格下落についてのCSはESよりも小さい。それは所得効果が正であるとき、一定の傾きを持つ無差別曲線の傾きは上にある無差別曲線のほうが大きいからである。所得効果が負の場合には逆である。また状態iから状態jへの変化についてCS(i→j)=−ES(i→j)、ES(i→j)=−CV(i→j)、消費者余剰(Consumer Surplus=CS)についてはCS≦CS≦ESまたはES≦CS≦CSであり、所得効果が存在しないとき、CS=CS=ESである。

 

図5 所得効果が負(上級財) 図6 所得効果が負(下級財)

部分分析的な消費者選択理論は任意の財と財との選択というものを考えない。注目している財と貨幣との間の選択のみを考える。また財と貨幣との間に連続でない代替の存在する財や一年に一度しか購入されない財などが現実には多いが基本的には本文図3.1や上記の図の論理と諸概念を何の変更もなく適用することができる。

3・4 「補償原理の理論的欠陥」の克服

1.各種のパラドックスの問題が存在すること。

2.「補償変分の社会的な合計ΣCSが正⇔カルドア・ヒックス基準を満たすこと」と考

えられてきたがこれが必要条件でも十分条件でもないこと(ボードウェイ・パラドック

ス)が指摘されたこと。

2.「補償変分の社会的な合計ΣCSが正⇔カルドア・ヒックス基準を満たすこと」と考

えられてきたがこれが必要条件でも十分条件でもないこと(ボードウェイ・パラドック

ス)が指摘されたことについて

1.ΣCS>0は補償テスト満足のための十分条件にならないこと。

2.破傷が生産可能フロンティア上での点の移動を含んでよいという緩い「補償」の解

釈の場合ΣCS>0は補償テスト満足のための必要条件にもならないこと。

これを示すためにシトフスキーの二人二組の枠組みを使う。これは普通、一般均衡的枠組として理解されているが、ここでは二財を一つの財と他のすべての財を一括して他の財としそれを貨幣と解釈する。つまり二人二財の部分分析的解釈である。図3.4を見ると、

縦軸…財Xの数量x 横軸…貨幣の数量y

Q0…AとBの利用できる財と貨幣の合計の組およびBに分配される財と貨幣の

組をあらわすための原点 Aには… x0 、yA

d1では全体で x0 のX、y0 の貨幣

Bには… x0−xA 、y0−yA

a1、a2、b1、b2 は財Xと貨幣との無差別曲線、OQ0は契約曲線(この曲線上の変化はパレート基準を満たさない。)このとき、d1からd2への変化の個人Aにとってのは線分DF、個人BにとってのCSは線分EFのマイナスをつけたものである。これはCSを「新旧の無差別曲線間の距離を新しい価格比率(d2におけるa2の接線の傾き)によって測ったものだからである(Boadway)。」

よって補償テストが満たされないのにΣCS=DE>0である。

同様に図3.5では「合計の組」の変化を伴う移行についても同様に示される。

また、図3.6では

d1からd2への分配変化に伴うQ1からQ2への移行のΣCSは

ΣCS=DE−DF=−EF<0

Q2 がQ1よりも外側をとおる生産可能フロンティアPP'上に乗っているとするとQ1よりも右上に位置するQ2'への潜在的移行が可能になりΣCS<0でも補償テストは満たされる。

よって、ΣCS>0は補償テスト満足のための必要条件でも十分条件でもなく、特殊な仮定を置く以外には使うことができないことがBoadwayの主張である。

これに対してミシャンは反論している。それはBoadwayのCSの定義である「新旧の無差別曲線間の距離を新しい価格比率(d2におけるa2の接線の傾き)によって測ったものだからである(Boadway)。」の部分に対してである。ミシャンはCSは「新旧の現に実現される財の組をあらわす点の間の距離を新しい価格比率によって測ったものである」と考えるべきであると反論した。これによると図3.4では

AにとってCSはDFではなくてGF、

ΣCS=0

BにとってのCSは−EFではなくて−GF

また、CSの定義より、同じ合計の組Q0のもとで二つの分配を比較したのではなくて二つの別の合計の組Q0とQ0'を比較したことになる。Q0'はb1をa1に接するように保ちながら右下方へ移動させ、両者の共通接線がDD'になったときのb1にとっての原点である。

このことにより、ミシャンはΣCS>0は補償テスト満足のための十分条件であることを論証した。ただし、これはシトフスキーの「逆テスト(問題としている移行とちょうど逆の移行がこれまで述べてきた意味での補償テストを満たさないならば本来の移行は逆テストを満たすと定義される)」においてである。図3.7で

AにとってのCSはDG、BにとってCSは−EG、よりΣCV=+DE>0

これはHJとも等しく、変化後の価格p2で評価したQ1とQ2の価格の差p2(Q1−Q2)

に等しい。

またI2とb2'の定義よりa2の上側領域とb2'の下側領域には重なる部分がなくQ2からQ1への変化はK−Hテストを満たさないから、Q1からQ2への変化は逆テストを満たす。

一般に変化が補償テストを満たすかどうかは変化前の合計の組を通る変化前の分配に対応したシトフスキー・フロンティアが変化後の合計の組の下を通るか上を通るかで決定でき下を通ることがK−Hテストが満たされるための必要十分条件である。したがって、変化後の合計の組を通る変化後の分配に対応したシトフスキー・フロンティアが変化前の組の上を通ることが逆テストが満たされる必要十分条件である。

ミシャンの反論はここまでであるが、以下の点でボードウェイの批判に反論が十分でない。

  1. 1.ΣCS>0が逆テストではなく本来のK−Hテストの必要条件、十分条件を問題としていること。

2.ΣCS>0が逆テストの十分条件であることに意味があるとしても、必要条件である

ことは補償されないこと。

3.補償の定義をゆるめたときΣCS>0が補償テスト満足の必要条件でなくなるという

ことに反論していないこと。

以下ではこれら3つについて考える。

3.補償の定義をゆるめたときΣCS>0が補償テスト満足の必要条件でなくなるという

ことに反論していないこと。

ミシャンの反論は財の組を評価するときに「仮想的な」財の組を評価してはならないということであった。この点を推し進めていくと、ボードウェイは「仮説的補償」になかに「仮説的な組の変化」を含めてしまったことが問題であることがわかる。

1.ΣCS>0が逆テストではなく本来のK−Hテストの必要条件、十分条件を問題と

していること。

彼はCSを求めるべきときに価格変化のCSを紛れ込ませていた。所得がy1からy2に増え、価格がp1からp2へ上昇することのCSはy1−y2 に等しいが、この場合評価されている変化はy1からy2への所得の上昇という数量変化とp1からp2への価格変化の合成変化である。ところがボードウェイがそれ以降で議論しているのはすべて数量のみの変化についてであった。図3.8において所得がy1からy2に増え、価格がp1からp2へ上昇する変化とともに、実際の消費点はAからBへと変化する。点Aから点Bへの数量変化のCSは変化後のBより無差別曲線I1までの垂直距離BDでありy2−y0とは異なることと分かる。

実は、数量変化のCSを求めるときに価格変化のCSを紛れ込ませてはいけないということに基礎を置くと、ミシャンのCSの測り方も正しくないことが分かる。図3.7で、

d1からd2への移動の個人AのCSはd2からa1への垂直距離d2Kであり、これはミシャンの言ったDGとは異なる。個人BにとってもCVは−EGではなく−d2Lである。

この定義を使うならば、ΣCS>0はK−Hテストの十分条件となる。もしK−Hテストが満たされないとすると、無差別曲線a1の右側の領域とb1'の左側の領域が共通部分を持たないので、d2からの垂直距離はb1'のほうがa1より明らかに大きくなるからである。実際ΣCS>0のとき、金銭的補償によってパレート改善が達成されることは補償変分の定義からも明らかである。

2.ΣCS>0が逆テストの十分条件であることに意味があるとしても、必要条件である

ことは補償されないこと。

1.ΣCS>0が逆テストではなく本来のK−Hテストの必要条件、十分条件を問題と

していること。

これらのことは費用便益分析の結果、順便益が負であると棄却された経済変化が、実は潜在的パレート改善をもたらすことがありえることを示す。このことの原因は補償の非効率性にあるといってよい。以下は水道を引く事業の例である。

状態1(Bは支払うのみ)

 

住民A

住民B

WTP

150�gまで1万円/y

150�g以上2千円/y

−

WTA

−

1万4千円/y

ΣCS

ΣCS=−20万円/y ⇒ AはBを補償できない

状態2(Bも水道を切望しAから直接水をもらいたい)

 

住民A

住民B

WTP

 

150�gまで1万円/y

約27銭/�g・日

150�g以上2千円/y

約5銭/�g・日

 

(2銭/�g・日)

WTA

−

1万4千円/y

ΣCS

ΣCS=−20万円/y ⇒ AはBを補償できない

水

AのWTP > BのWTP ⇒ 自発的交換は起こらない

状態3(AはBに補償して、Bの水道への正の所得効果が生じる)

 

住民A

住民B

WTP

 

150�gまで1万円/y

27銭/�g・日

150�g以上2千円/y

約5銭/�g・日

7千3百円/y

20銭/�g・日

WTA

(1万4千円/yをBに補償)

1万4千円/y

水

100�gをBに売却

100�gをAからに買取り

利益

2千円/y

千3百円/y

⇒パレート改善が達成される。

この時、「8000円+1日100�gの水道水」が補償されている。

このパラドックスが生じるのは上の例では以下の3つの点が本質的な点である。

1.一方的に得をする人と一方的に損をする人がいる。

2.損をする人もまたその事業によって供給される財に興味を持ち、できればそれがほ

しいと思っている

3.損をする人の被る損失が所得効果によって当該財の価格を大きく変えてしまうほ

ど大きい。

K−HテストとΣCSテストが一致する状況を詳しく考えると以下のようになる。

  1. 図3.9において、所得効果がない場合、契約曲線が垂直となり、個人Aと個人BのCSが同じになり、K−HテストとΣCSテストは一致する。したがって、しばしば費用便益分析において消費者余剰は補償変分の近似として用いられる消費者余剰を使用してもよいときは、K−Hテストを行っているとみなしてもよい。
  2. 図3.10のようにBのXの需要の価格弾力性が極めて小さい場合、シトフスキー・フロンティアは個人Aの無差別曲線を平行移動したものとなる。この場合、Bの消費できるXの量が変化によって減らされなければ、K−Hテストを満たすとき、ΣCSテストは必ず正になる。この図は価格が下がったら財を買うであろう人々が事業によって得をし、事業の費用はもっぱら、その財の新たな供給に利害関係を持たない人に対して、一般購買力の剥奪という形で負わされる場合である。この時K−HテストとΣCSテストが一致する。

�B 費用が外部効果の形で生じる場合、図3.11において財Xが個人Aには効用を与え、個人Bには不効用を与える公共財と解釈すると、d2からb1'への垂直距離d2FがAのCS、d2からb1'への垂直距離d2EがBのCSとなる。

このように費用が外部効果で生じる場合にはK−HテストとΣCSテストが一致する。

このように�@�A�Bの場合にはΣCS>0は、K−Hテスト満足の必要条件にもなる。

上記をまとめるとΣCSテストがK−Hテスト満足の必要条件とならない場合が存在する。しかしこのような時は、「ある財を同じように需要する人々のうち、ある人にはそれを供給することによって利益を与え、ある人にはそれを供給しないばかりか、一方的にその費用を負担させ、かつその負担による損害は所得効果が該当の財の評価を変えてしまうほど重大である場合」であり、このような状況の時こそパレート基準の使用が倫理によって禁止されるものである。逆に考えればそうではない時これまでの�@�A�Bのような時は費用便益分析はパレート基準の適切な判定法といえる。ルイース・カスティーリョはボードウェイ・パラドックスが起こらないように条件を定めたがそれは「途方もなく強い」ものであった。しかし、CS指標を極端に一般化したためにこのようなことが起こるのであって、現実的には部分分析を生かした結果を用いることができる。

1.各種のパラドックスの問題が存在することについて

シトスフキー・パラドックスについて

これは状態�Uが状態�Tよりも効率的であることが示されたとき、今度はこの同じ基準によって状態�Uよりも状態�Tのほうが効率的であることが示されるものである。この種のパラドックスには、状態�Tにある時状態�Tが状態�Uよりも効率的であることが示され、今度はこの同じ基準によって状態�Uにある時、状態�Uのほうが状態�Tより効率的であることが示される「逆パラドックス」存在する。以下は先ほどの水道の例で両方向ともパレート基準を満たしている。

 

住民A

住民B

�T→�U

250�gの水道水

Bへの1万4千円の補償

年間1万4千円を失う、Aからの

1万4千円の補償と水の買取り

WTP(u�U→u�T)

−

年間1万4千円

WTA(u�U→u�T)

年間1万2千円

−

�U→�T

給水の停止、1万2千円受取り

1万4千円の支払免除

パラドックスが生じる条件は、ボードウェイ・パラドックスが起こるのに必要であった3つの条件がそのまま必要である。したがって現実的には問題としなくともよい。しかし「逆パラドックス」の場合は変化によって供給される財の選好を持っていない場合でも起こることがある。これは変化に伴う損失が外部効果の形で現れるからである。

 

 

住民A

住民B

住民C

WTP(u�T→u�U)

150�gまで1万円/y

150�g以上2千円/y

−

−

WTA(u�T→u�U)

−

4千円

2万円

WTP(u�U→u�T)

−

4千円

6千円(所得効果あり)

WTA(u�U→u�T)

1万2千円

−

−

このような場合はパレート基準は現状が�Tである時は�Tを、現状が�Uである時は�Uを良いと判定することとなる。これはパレート基準が現状が何であれそれを維持する傾向を持つことを示している。これは一種の欠陥とも言えるが、「論理的性能」という点では欠陥ではない。補償原理を採用する以上は仕方のないことである。むしろ、効用概念が法や制度などの条件が安定していることを前提としていることを考えれば、その本質的保守性の現われということができる。さらに条件の変更にともなう「取引費用」の存在はその傾向を増加させる。このことを十分承知した上で過大な役割を「純便益」ないし「ΣCS」に期待しないことが重要である。

ゴーマン・パラドックスについて

これはシトスフキー・パラドックスを克服するために導入されたシトスフキー基準(状態�T→状態�Uについてはカルドア=ヒックス基準を満たし、状態�U→状態�Tについてはカルドア=ヒックス基準を満たさない場合に定義される)について指摘されたものでありる。このパラドックスによると状態�T→状態�U→状態�V→状態�W→状態�Tという循環的な判定が生じることとなる。

しかし、シトスフキー・パラドックスは上記のように現実的な状況においては回避することができるため、ゴーマン・パラドックスも現実的には問題とならない。

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